人は外側に神のかたちを持ち、内側に霊を持っている

聖書の中に、最も甘く、命の中で最も豊かであると見なすことのできる幾つかの節があります。第一は、エペソ人への手紙第二章十二節です、「その当時、あなたがたはキリストから離れ……この世の中で希望もなく、神もない者でした」。これは、この世に生きる者として、わたしたちがキリストから離れているなら、神を持っていないので、わたしたちには希望がないと言います。神は目的をもって宇宙を創造されました。また神はこの目的のために、人を造られたのです。神は他のすべての被造物とは異なる方法で人を造られました。第一に、彼は彼ご自身のかたちにしたがって人を造られました。彼ご自身が愛であり、光であり、聖であり、義であるように、彼はこれらの美徳を人の中に入れられました。ですから、人が生まれたとき、愛、光、聖、義が本来備わっています。わたしたちは存在の深みから愛の人、光の人、聖の人、義の人になることを願っています。しかし、これらは単なる外側の形にすぎません。手袋の例を考えてみてください。それはただ手の形をしているだけです。手が入って、はじめて手袋の実際があるようになります。

神はわたしたちの中に入ってわたしたちの命と実際になることを求めておられるので、人の内側に霊を造られました(ヨブ32:8、ゼカリヤ12:1)。霊は、一人一人のために神によって特別に造られたのです。人の内側のこの霊はラジオの受信機のように、天からの「電波」を受信することができます。確かにわたしたちは神のかたちを持っていますが、それは単に外側だけです。今わたしたちの内側には、神を受け入れることのできる器官があります。ですから、わたしたちが心を開いてこの神を中に入れなければ、自分自身に関するかぎり、わたしたちは抜け殻であり、むなしい器にすぎません。わたしたちはこの霊の中に神を受け入れて、わたしたちの内容とする必要があります。

抜粋:ウイットネス・リー「宇宙の奥義と人生の意義」、JGW日本福音書房

>>人生の意義とは何でしょうか?【2】