【聖書通読】イザヤ書4回目:3章全部(1-26節)

概要

イスラエルの娘たちが身につけている「足首飾り」「髪ひも」「耳輪」「腕輪」「高価なおおい」などの多くの装飾品は、イスラエルの民が自分の外見をどのように美しく見せるかということにのみ腐心し、神のことには何も関心を示していない様子を示しています。そして、この章の最後の節には神の無い生活をした結果が記されています。「シオンの門は悲しみ嘆き、彼女は荒れ果てて、地に座す。」

交わった節

回復訳聖書 イザヤ書 3章7節
彼は厳かに言う、「わたしはあなたの傷を縛る者とならない。わたしの家には食物も衣服も無い。わたしを民の支配者に建ててはならない」。

解説

3章7節の「食物」が無い事と「支配者」がいない事は、どのように結びついていますか?

フットノートから引用します。

神は彼の民に対する懲らしめの一部として、彼らから全ての支配者を取り除き、彼らに支配者がいないようにしました(2-4節)。ここでイザヤは支配者を食物の供給と結び付けています。人は支配者となるために、人々を養わなければなりません。支配することと養うことは一対であるだけでなく、循環して相互に働き、相互に因果関係があります。こうして、養いがあるなら支配があり、支配があるなら養いがあります。召会の中で、正常な養いがある所では、あらゆるものに秩序があります。(回復訳旧約聖書 イザヤ書3章7節フットノート1)

ディスカッション

  1. クリスチャンとして、自分の外見を必要以上に装飾せず、適切な装いをするとはどのようなことを意味しているのでしょうか?
  2. 外見の美しさより、神は何を重視されているのでしょうか?

過去の討論

I兄弟:僕のいた教会には、確かに「養い」がありませんでした。その結果、信徒たちがよく争っていて、他の教会に移ってしまう人も沢山いました。

N兄弟:正常な「養い」が無いと、「秩序」が無くなり、「秩序」無いと争いが起こってきてしまうんだよね。教会の中で一番大切なことは、「一致」ではなく「一」があることなんだね。

k姉妹:私はここの教会の一番良いところは「牧養と顧み」が豊かなところだと思っています。兄弟姉妹が自然な形で、日常生活の中で繋がっていてお互いに養いあっています。私も沢山養われています。

I兄弟:確かにこの教会には、他の教会には無い「仕組み」や「構造」があると思います。

 

以上。