【MD奉仕シリーズ】No.2:入口の柱となる

image_printPrint

柱は強い信者を指す

  • 聖所入口の垂幕、至聖所入口のとばり→どちらもキリストを指す
  • 聖所入口の五本の柱、至聖所の入り口の四本の柱→どちらも信者を指す
  • キリストは単数であり、信者は複数だから。
  • 聖所は枠板と柱で構成されている
  • 柱は円熟した比較的強い者を指している。彼らは枠板だけではなく、召会の柱である。

ガラテヤ2章9節(パウロの手紙)
「…柱であるという評判のあるヤコブとケパ(ペテロ)とヨハネ…」

啓示録312節(主のヒラデルヒヤにある召会へ約束)
「勝利を得る者を、わたしの神の宮の柱にしよう。」

柱は入口である

枠板の役割は「保護と分離」

  • 幕屋の構造
    • 枠板は壁を形成して、内側と外側を分離し、保護する。
  • 霊的意味
    • 全ての消極的なものに対抗し、召会とこの世を分離する
    • →分離する枠板となる兄弟姉妹が必要
    • エルサレムの城壁のようである(啓示録12:12)
    • 命の成長によって内外を分離し、保護する。

柱の役割は「入口」

  • 幕屋の構造
    • 柱は保護と分離の役割もあるが、枠板より細かい、さらに強靭、出入り口になれる。
  • 霊的意味
    • 減少させられ+強度が増し加わる
    • →対処された人に柔軟性があり、出入り口になれる

ヨハネ10章9節
「わたしは門である。誰でもわたしを通って入る者は救われ、また入ったり出たりして、牧場を見出す。」

柱である聖徒はキリストと一である

  • 幕屋の構造
    • とばりと垂れ幕は、柱に結びついている。
  • 霊的意味
    • とばりと垂幕:裁きを受け、十字架につけられ、終わらされたキリスト
    • キリストと一になるときに柱になる
    • 召会生活に入ってくる人が少ない=キリストの裁きと結びついている柱が少ない
    • →自ら、捌きを受け、十字架に付けられたキリストと結びつくべき
      • キリストが罪を負ってくれたことを証しできる
      • キリストが代わりに死んでくれたことを証しできる

二種類の入り口

  • 幕屋の入口の柱=福音を宣べ伝える柱
    • 召会の前面に立っている
    • 熱心に福音を伝える人
  • 至聖所の入口の柱=内側の柱・キリストの証を担う柱
    • 召会の中に立っている人。導いている人(長老など)
    • 導いている人たちの肉が砕かれていないなら、全召会は至聖所の入れない(聖所に留まる)
    • 自分自身を十字架につけることはできない
    • 自分の肉と古い人を十字架につけることができる
    • 事例:ペンテコステの120人(使徒行伝1:12-15)

ガラテヤ5章24節
「しかし、キリスト・イエスのものである人たちは、肉をその情と欲と共に十字架につけられてしまったのです。」

ローマ6章6節
「わたしたちの古い人が彼と共に十字架につけられた…」

わたしたちは、一つの地方の召会が至聖所へと入ることができるかどうかは、完全に柱としての導く人たちの肉が砕かれているかどうかにかかっていると言えます。
『ミニストリーダイジェスト第1期第1巻』P110

この資料について

『ミニストリーダイジェスト第1期第1巻』の「奉仕」のセクションのメッセージ2(PP104-111)より、板書形式でまとめています。詳細はミニストリーダイジェストをお読みください。予習や復習の資料としてご活用ください。書籍のお買い求めは召会の図書係まで、もしくは日本福音書房までご連絡ください。

以上。

image_printPrint