「ウオッチマン・ニーは天才であり、神の選ばれた器だから、人の助けを受けずに成就されたに違いない。」と、あなたは思うでしょうか?実はそうではありません。むしろウオッチマン・ニーが成就されたのは、ある人の存在が不可欠であったと言えます。その人とはマーガレット・バーバーです。彼女がいなければ、ウオッチマン・ニーはキリスト教の中で、卓越した賜物があり流暢に語れる、あまたの聖書教師の一人として歴史の中に埋もれていたかもしれません。彼女はウオッチマン・ニーがその能力に溺れ、善悪知識の路線に逸れてしまいがちな傾向を見逃さず、強烈に命の路線に矯正しました。彼も彼女の霊性と識別力に惹きつけられ、戸惑いながらも緊密に従い、主の回復の働きの継続として必要不可欠な、人に命を与える「文字ではなく、霊の奉仕者」(Ⅱコリ3:6)としての基礎となる資質を獲得したのでした。
(以下の内容は『今の時代における神聖な啓示の先見者ウオッチマン・ニー』という書籍に記載されているウォッチマン・ニー自叙の証しを引用しています。)
Ⅰ. マーガレット・バーバーの経歴とウオッチマン・ニーとのかかわり
A . 彼女の経歴
ウオッチマン・ニーは学生時代、主を追い求めたので、しばしばマーガレット・E・バーバー (Margaret.E.Berber)との接触がありました。(以下、バーバー姉妹)バーバー姉妹は聖公会の宣教士で、十九世紀の終わりに中国の福建省へ遣わされました。ほかの宣教士たちのねたみによって、重大な罪状をでっちあげられ、彼女は国に呼び戻されました。しかしバーバー姉妹は、主を生きた方法で認識するようになりました。彼女は深く十字架を経験し、絶えず十字架の学課を訓練していました。このゆえに、彼女はほかの人に訴えられても、自己弁護しないことに決めていました。 彼女は数年間、英国にとどまっていました。その時、宣教団の主席が、彼女に対する訴えはでっちあげであることに気付き、彼女に事の真相を説明するよう求めました。彼は、彼女が十字架の学課を絶えず学んでおり、自己弁護するのを願わないことを知っていましたが、彼女の上にある権威として、真実を述べるよう命じました。その時、 バーバー姉妹は、物語の全体を説明しました。彼女は宣教団の前に正しさが完全に立証され、再び中国に戻るよう決定されました。しかしながら、彼女は主の働きのために中国へ戻る負担があったのですが、時を考慮して、その宣教団を辞職しました。
これより前に、バーバー姉妹はD・M・パントンとの接触がありました。パントンは偉大な聖書学者であり、また宗派の邪悪を認識していました。バーバー姉妹は彼との接触を通して、宗派についてはっきりしました。
多くの祈りの後、彼女は、主ご自身が自分を中国に戻そうとしておられるのを感じました。彼女は中国へ戻りました。しかしこの時は、いかなる団体とも関係がありませんでした。人の観点から見れば、彼女が自給で中国へ戻っていったのは、今世紀の初めでした。そして彼女は、ウオッチマン・ニー兄弟の故郷、福州の郊外に居を定めました。彼女はそこに住み、たまに旅行するだけで、目立った活動はありませんでした。彼女は家にとどまって、主の中国における動きのために多く祈り、主を追い求めて彼女を尋ねてくる人たちを助けていました。
B . 中国での働き
バーバー姉妹との接触を通して、ウオッチマン・ニー兄弟は大いに成就され、完成されました。いつでも問題がある時、あるいは霊的指導や励ましが必要な時、彼は彼女のもとに走りました。彼女は彼を若い学習者として扱い、 しばしば厳しい訓練を与えました。
そのころ、六十人を越える若い兄弟姉妹たちが、バーバー姉妹から助けを受けていました。彼女は主にあってとても深く、とても厳格であったので、多くの事で若い人たちをよくしかりました。間もなく、これらの若い人たちは、ほとんど彼女のところへ行かなくなりました。ただ一人、続けて行ったのは、ニー兄弟でした。彼が毎回行け ば、彼女は彼をしかり、責めました。彼女はしばしば、若い人が主に仕えるには、このようにはできない、あのようにはできない、と指摘しました。ところが、しかられればしかられるほど、ニー兄弟は戻ってきて、しかられるのでした。こうして、ひたすら彼女にしかられることに身をゆだねることによって、彼は言い尽くせない助けを得たのです。
C . バーバー姉妹の霊性
マーガレット・バーバーは、真に主の臨在の中にありました。ある日、ウオッチマン・ニー兄弟が彼女に会いにいきました。彼女が現れるまで、彼はしばらく部屋で待っていました。彼は、彼女はそこにいなかったのに、主の臨在をとても深く覚えた、と言っています。
バーバー姉妹は日々、主の再来を待ち望んでいました。ある年の大みそかに、彼女はニー兄弟と一緒に散歩して、 ある通りの角に近付いた時、言いました、「もしかしたら、その角を曲がった所で、わたしたちは主にお会いするかもしれません」。彼女は切に、主の戻ってこられるのを待ち望んでいたのです。彼女の生活と働きは、すべて主の再来を待ち望むことの中にありました。
一九三三年、ウオッチマン・ニー兄弟は、ヨーロッパを訪問しました。彼は至る所を旅して、西洋世界には、マーガレット・バーバーに比べられる人を一人も見付けることができなかった、と言っています。彼が霊の命の基礎を獲得したのは、この姉妹を通してでした。彼は事あるごとに、一人の姉妹を通して救われ、一人の姉妹を通して成就された、と人に言っていました。
マーガレット・バーバーは、一九三〇年に主のもとへ行きました。彼女は遺言で、自分の持ち物をみなウオッチマン・ニー兄弟に与えました。それは、彼女の多くの貴重な書き込みをした古い聖書以外には、ほとんどこれといったものはありませんでした。彼は彼女の伝記を書くつもりでしたが、時間が許しませんでした。
バーバー姉妹がこの世を去ったことに関して、ニー兄弟は一九三〇年三月に「現代の証し」を発行し、その公開の手紙の中で次のように書いています、「わたしたちは福建省羅星塔白牙漂のバーバー姉妹が、この世を去ったという知らせを聞き、言い尽くせない非常な深い悲しみを覚えます! 彼女は主にあってとても深い人でした。彼女が主と持っていた交わり、彼女の主に対する忠心は、まずこの地上で見ることはできないと、わたしは思います」。
D . ウオッチマン・ニーを訓練する
バーバー姉妹は常にニー兄弟を、彼の同労者の一人である王載(ワン・ツァイ)の下に置きました。王載は五歳年上で、ウオッチマン・ニーの考えと一つではありませんでした。これが、ニー兄弟をとても苦しめました。彼らが問題の解決をバーバー姉妹に訴えると、彼女はいつでも彼を黙らせて、王兄弟のほうが年上である、と言いました。ある時、バプテスマが行なわれることになりました。バブテスマを施す者はだれであるかが、問題になりました。ニー兄弟はこの事を、バーバー姉妹に持ち出しました。彼女は、王兄弟がバプテスマを施すべきである、と答えました。ニー兄弟がなぜかと聞くと、彼女は、「王兄弟のほうが年上ですから」と言います。彼らと共にもう一人の兄弟である呉徹吾(ウー・ダンウー)兄弟は、王載より年長でした。ニー兄弟は、呉兄弟がいることを言えば、 王兄弟を打ち負かすことができると思い、バーバー姉妹に提案しました、「呉兄弟は王兄弟より年上ですから、彼がバプテスマを施すべきです」。ところが彼女はなおも、王兄弟が施す者であるべきだ、と答えました。彼女が一歩も譲ろうとしなかったのは、彼が十字架の学課を学び、理由なしに、ただ服従することを学ぶためでした。
Ⅱ . ウオッチマンニーの証し
A . 理不尽に見える指導
(一九三六年十月十八日福建省、鼓浪にて)
一九二三年に、わたしたちのうち七人が、共に同労しました。わたしともう一人の五歳年上の同労者が、先頭に立っていました。わたしたちは毎週金曜日に同労者の集会を持ちましたが、しばしば他の五人が、わたしたち二人の争うのを聞かされました。当時わたしたちはみな若く、それぞれ自分なりの考え方を持っていました。わたしはその同労者の間違いを責め、彼もまたわたしを責めたりしていました。その当時、わたしの血気はまだ対処されていませんでしたから、すぐにかっとなりました。今日(一九三六年)、わたしは笑うことができますが、 その時は、笑うどころではありませんでした。二人の論争で、多くの場合、わたしが間違っていたことを認めます。しかし彼も、時には間違いました。自分の間違いを赦すのは容易であっても、相手の間違い赦すのは容易ではありません。金曜日に争って、土曜日にはバーバー姉妹のところへ行き、その五歳年上の同労者のことを訴えました。わたしは言いました、「この同労者にこの方法でするべきだと言った時、彼は聞こうとしません。どうか彼に言ってください」。バーパー姉妹は答えました、「彼はあなたより五歳も年上です。あなたは彼の言うことを聞き、彼に従うべきです」。わたしが「理屈に合っても合わなくても、彼に従うのですか?」と言うと、彼女は「そうです。若い人は年上の人に従うようにと、聖書は言っていますよ」と言うのでした。わたしは言いました、「そんなことはわたしにはできません。クリスチャンとはいえ、道理にかなって事を成すべきです」。
彼女は言いました、「理由があるとかないとかは問題にするべきではなく、聖書は、年下の者は年上の者に従うべきだと言っています」。わたしは心の中で怒って、聖書はそのようなことを言っているのだろうか、と言いました。憤りをぶちまけたいと思いましたが、それもできませんでした。
B . 刺し通す光
毎週金曜日の論争の後、わたしは彼女のところへ行って、やるせない気持ちを訴えました。ところが彼女は、 いつも聖書を引用しては、わたしが年上の人に従うべきである、と言いました。時には、金曜日の午後、論争し、 夜になって泣けてきました。そこで次の日、自分を弁護してくれることを期待して、バーバー姉妹のところへ行って、自分の気持ちを訴えました。しかし土曜日の夜、彼女の答えを聞くと、また家に帰って泣きました。わたしは、どうして彼よりもう少し早く生まれなかったのかと悔やみました。ある時の論争では、自分が理にかなっていることは、あまりにも明らかでした。そこであの同労者がいかに間違っているか、自分がいかに正しいかを指摘しました。ところが姉妹は言いました。「その同労者が間違っているかどうかは別の問題です。あなたは今わたしの前で、兄弟を訴えました。あなたは十字架を負っている人のようでしょうか?あなたは小羊のようでしようか?」。彼女がこのように尋ねると、わたしは本当に恥ずかしく感じました。それを今でも決して忘れることができません。その日のわたしの言葉と態度は確かに、決して十字架を負った人のようでも、小羊のようでもありませんでした。
このような状況の中で、わたしは年上の同労者に服することを学びました。その一年半に、わたしは生涯のうちで最も貴重な学課を学んだのです。わたしの頭にはさまざまな理想が詰まっていましたが、神はわたしを霊の実際に入らせたかったのです。その一年半で、わたしは十字架を負うとは何かを、認識するようになりました。
C . 砕きを受け入れ、成就される
今日(一九三六年)、わたしには五十数人の同労者がいますが、もしあの一年半に服従の学課を学んでいなかったなら、今どんな人とも同労できなかったと思います。神がわたしをあのような環境に置かれたのは、わたしに聖霊の管理を受けさせるためでした。この十八か月の間、わたしは自分の提案を主張する機会が全くなく、ただ涙を流して、苦しみを耐え忍ぶだけでした。しかしもしこのようでなかったなら、わたしは自己がこんなにも対処しにくいものであることを知らなかったでしょう。神はわたしの性格上の出っ張りを削り取り、鋭い角を取り去ろうとされました。これは容易なことではありません。しかし神に感謝し、賛美します、神の恵みによって、彼はわたしを通らせてくださいました!
今わたしは、若い同労者たちに言うことができます。もしあなたが十字架の試練に立つことができないのでしたら、役に立つ器にはなれません。ただ小羊の霊だけを、すなわち、柔和、謙そん、平和の霊を、神は喜ばれるのです。あなたの野心、大志、才能も、神の前にはみな無用です。わたしはこの道を歩んできて、自分の短所を告白しないわけにはいきません。すべての持てるものは、神の手の中にあります。問題は、正しいか間違っているかではなく、十字架を負う人のようであるかどうか、ということです。召会の中では、正しいか間違っているかは問題でなく、重要なのは十字架を負い、その砕きを受け入れることです。このようにしてはじめて、神の命を流し出し、神のみこころを成就することができるのです。
まとめ
マーガレット・バーバーは、ウオッチマン・ニーのためにだけ、中国に遣わされたかのようです。しかし、ウオッチマン・ニーは20世紀を代表する偉大な主のしもべとして、その影響力は今でも彼の残した書物を通して全世界に及んでいます。ですから、彼女の働きはウオッチマン・ニーを通して多くの人に間接的に影響を与えているのです。実際、彼女の言葉や証しはウオッチマンニーの書物にしばしば登場し、わたしたちに深い霊的な実際を伝えています。彼女を通して、わたしたちは、この十字架の学課を始め、神に数えられる、永遠に存続する奉仕とは何であるかを学ぶことができます。
参考書籍
今の時代における神聖な啓示の先見者 ウォッチマン・ニー
出版元:日本福音書房

