新約聖書の最初の名前も最後の名前も「イエス」ということの深い意義

対象の御言

回復訳聖書 マタイによる福音書1章1節
イエス・キリストの系図の書.彼はダビデの子であり、アブラハムの子である.

ギリシャ語はしばしば語順を変えて重要なことを最初に持ってきます。そして、新約聖書の最初の名前は、イエス・キリストです。しかし日本語の訳本はほとんどは最初にアブラハムの名前を述べています。ほとんどの聖書翻訳者が見落とした重要な真理と言えます。

他の訳本を比べてみてください:

岩波翻訳委員会訳1995
アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの誕生の記録。

新共同訳1987・2006
アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。

前田訳1978
アブラハムの子ダビデの子イエス・キリストの系図。

新改訳1970
アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。

新改訳2017
アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図。

塚本訳1963
アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図──

口語訳1955
アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。

文語訳1917
アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系圖。

全部、アブラハムが最初に来ていますね。

珍しくも、原文に対する忠実さよりも、読みやすさを重視している『リビングバイブル』が、神聖な啓示通りの語順となっています。

リビングバイブル2016
これは、イエス・キリストの系図です。イエス・キリストはダビデ王の子孫、さらにさかのぼってアブラハムの子孫です。

回復訳聖書のフットーノートでの解説

新約聖書で最初に述べられている名前も、最後に述べられている名前もイエスです(啓22:21)。これは、イエス・キリストが新約の主題であり、内容であることを証明します。

編集者の挿入のことば
啓示録において、神は三度も「わたしはアルファでありオメガである」と言われました。アルファ(α)はギリシャ語の最初のアルファベットで、オメガ(ω)は最後のアルファベットです。英語でいうと「AでありZである」ということです。日本語でいうと「あであり、んである」(こういう表現はあまり聞きませんが…)といえます。新約聖書の最初の名前も最後の名前もイエスであることに呼応しています。特に啓示録22:13がそれをはっきりと示しています。

啓示録 1:8 主なる神は言われる、「わたしはアルファでありオメガである。今おり、昔おり、やがて来ようとしている者、全能者である」。

啓示録 21:6 そして彼はわたしに言われた、「それらは成った。わたしはアルファでありオメガである。初めであり終わりである。渇く者には、命の水の泉から値なしに飲ませよう。

啓示録 22:13 わたしはアルファでありオメガである。最初の者であり最後の者である。初めであり終わりである」。

聖書は命の書です。この命とは生けるパースンであり、すばらしいキリストであり、すべてを含むキリストです。旧約聖書は予表と預言を用いて、来たるべき方であるこのすばらしいパースンを、肖像画として描いています。新約で、このすばらしいパースンは来られました。新約聖書の第一ページは彼の系図をわたしたちに与えて、このすばらしいパースンを推薦しています。この系図は旧約聖書の要約と考えられます。なぜなら旧約聖書は、キリストの詳細の系図であるからです。マタイによる福音書の系図を理解するためには、あらゆる出来事の起源と歴史をたどる必要があります。

関連した詩歌

アルファとオメガに関連した詩歌

Oh Lord, Thuy art the Alpha (Hymn 202)

日本語158番

Blessed are those who wash their robes (ns338)

啓示録22:23が英語がそのままコーラスの部分の歌詞になっています。日本語はありません。


回復訳聖書マタイによる福音書1章1節 フットノート1の前半を抜粋し編集しました。